当塾創設の経緯
私は30年以上にわたり、首都圏の予備校で教壇に立ってきました。受け持ってきたのは、主に東大理類・東工大(現・東京科学大)・京大理系・医学部を目指すクラスです。テキストや入試問題の作成、映像授業にも携わってきました。
東大明倫塾を開いたのは2009年のことです。なぜ首都圏の予備校講師が福島に塾を開いたのか。その経緯を記しておきます。
教壇から見えていた差
首都圏の予備校の最難関クラスには、東京の中高一貫校の生徒が数多く通ってきます。彼らの多くは中学のうちから高校の内容に入り、早い段階で教科書の範囲を終えて、残りの時間を入試問題の演習にあてています。学校の外でも、入試を知り尽くした講師の授業を、電車で通える距離で受けることができます。
私自身、全国有数の国立中高一貫校で学び、東京大学に進みました。けれども、そこで当たり前だった授業の進度と深度は、全国どこでも当たり前というわけではありません。地方には、同じだけの素質を持ちながら、そうした環境に恵まれない高校生が大勢います。学校の進度は教育課程どおりで、身近な塾の多くは映像講義か個別指導。最難関大の二次試験を正面から教えられる講師に出会う機会は、ほとんどありません。
合否を分けているのは、生まれ持った能力の差ではなく、受けてきた教育の差ではないか。教壇に立てば立つほど、その思いは強くなりました。
2009年、福島に塾を開く
住んでいる場所によって、受けられる教育が決まってしまう。その状況を少しでも変えたいと考え、2009年、福島市に東大明倫塾を開きました。福島を選んだのは、ここが妻の故郷だからです。私にとっても縁が浅からぬ、この土地の高校生にこそ、東京と同じ水準の授業を届けたいと考えました。
目指したのは、東京・首都圏の最難関クラスと同じ水準の授業を、この地で受けられるようにすることです。授業の進度は東京の一流中高一貫校に準じ、深度はそれ以上。映像ではなく、講師と生徒が向き合う対面のライブ授業で、分からないところはその場で解消する。テキストは、予備校で培ってきた経験をもとに作ったオリジナルです。この授業を届けるために、いまも毎週末、東京から出講しています。
「新幹線に乗って東京に通わなくても、この地で国内最高品質の講義を受けられる」。開塾以来掲げてきたこの言葉は、当塾を創設した理由そのものです。
還暦を迎えて
私はまもなく還暦を迎えます。予備校講師としての歩みも、いよいよラストスパートに入りました。
教壇に立てる時間には限りがあります。そう意識するようになってから、30年以上かけて身につけてきたもの——入試問題の読み方、答案の組み立て方、生徒がつまずく場所と、そこから抜け出す道筋——を、出し惜しみせず伝えきりたいという思いが、かえって強くなっています。その相手として真っ先に思い浮かぶのが、この塾に通う生徒たちです。
開塾から17年のあいだに、県立福島高校を卒業し、いまは東京の予備校・進学塾で教壇に立つ若い講師も、当塾の指導に加わってくれました(講師紹介)。私が教壇で培ってきたものを、次の世代の講師へ手渡していくことも、これからの大切な仕事です。
これから
私は二児の父でもあります。わが子に良い教育を受けさせたいという親の願いは、東京でも地方でも変わりません。

住んでいる場所に関係なく、本気で最難関大・医学部を目指す生徒が、それにふさわしい教育を受けられる場所を、この地に残していくこと。それが、これからの講師人生をかけて取り組む仕事だと考えています。
志のある生徒の皆さんと、教室でお会いできることを楽しみにしています。
2026年秋
東大明倫塾 塾長
授業の進め方・進度・講師については、当塾の詳細をご覧ください。